
坂下君(仮名)と出会ったのは、京都刑務所の門前だった。
私は出所者支援の一環として、京都刑務所の前に朝6時30分頃から立つことがある。
理由は単純だ。
出所した人の中には、帰る家がない人がいる。
迎えに来てくれる家族もいない。
連絡を取れる友人もいない。
そして、そういう孤独な状況が再犯につながることが少なくないと考えているからだ。
その日も出所者に声をかけていた。
「帰る場所はありますか?」
坂下君は、
「地域包括支援センターの方が手伝ってくれることになっています」
と答えた。
それなら良かった。
そう思い、
「うちはリサイクルショップもやっているので、必要なものがあれば声をかけてください」
と伝え、名刺を渡してその日は別れた。
しかし翌朝、坂下君から電話がかかってきた。
「家がありません。助けてください」
私はすぐに迎えに行った。
車の中で話を聞くと、これまでの人生は決して平坦なものではなかった。
前科4犯。
懲役2回。
家族との関係も壊れていた。
刑務所の中で知り合った仲間と再び関わり、問題を起こしてしまうこともあった。
そして何より深刻だったのがアルコール依存だった。
かなり重度だった。
大阪府内の病院でも飲酒によるトラブルを繰り返し、受診を断られたこともあったという。
それでも彼は言った。
「もう酒をやめたいです」
その言葉を信じて、私たちは受け入れることにした。
入居後、坂下君は昼間に私たちの会社でテレアポの仕事を始めた。
職場のおじさんやおばさん達からも可愛がられ、少しずつ生活が安定していった。
順調に見えた。
しかし、3か月ほど経った頃だった。
刑務所で知り合った人物から連絡が入った。
食事に誘われたという。
そこから彼は少しずつ変わっていった。
おそらく酒を飲み始めたのだと思う。
そして、その人物の娘さんと交際するようになった。
その家族は居酒屋を営んでいた。
テレアポが終わると店を手伝うようになった。
酒が常に身近にある環境だった。
依存症の人間にとって、それは非常に危険な状況だった。
さらに気が付けば、その家族の携帯電話契約なども彼名義で行われていた。
そこで初めて彼から相談が来た。
私は以前からその人達との付き合いを反対していた。
しかし、その頃には既に飲酒が日常化していた。
私はすぐにその店へ電話をした。
かなり威圧的な相手だった。
そして私は、坂下君が利用されているように感じた。
その翌日だった。
会社で働いていた高齢のアルバイトさんから電話が入った。
「助けてください」
坂下君から深夜に電話があり、怒鳴られ続けているという。
さらに、
「包丁で指を詰めろ」
とまで言われたそうだ。
私はすぐに坂下君へ連絡した。
そして最終的にテレアポの仕事も辞めてもらうことになった。
そこから彼は急激に崩れていった。
酒を買う。
お金がなくなる。
万引きをする。
また酒を買う。
その繰り返しだった。
指を噛みちぎろうとしたこともあった。
暴れることもあった。
職員に手を出してしまったこともあった。
病院の先生とも何度も話し合った。
どうすれば彼を助けられるのか。
何度も考えた。
しかし、なかなか答えは見つからなかった。
そんな時に出会ったのが山下さん(仮名)だった。
彼女も私たちの利用者だった。
坂下君は以前から、
「可愛いなあ」
と話していた。
二人は少しずつデートを重ねた。
そして交際することになった。
ただ一つだけ条件があった。
「お酒をやめること」
だった。
正直、私は難しいと思った。
職員も同じだった。
何度も失敗してきたからだ。
しかし予想は外れた。
坂下君は本当に酒をやめた。
それから一年以上。
一滴も飲んでいない。
仕事も一生懸命取り組み、
表情も明るくなった。
将来の話をするようになった。
そして今年、二人は結婚する予定だ。
この出来事から私たちが学んだこと
福祉の仕事をしていると、
「どうやったら人は変われますか?」
と聞かれることがある。
正直に言うと、私にも答えは分からない。
ただ、坂下君を見ていて一つだけ確信したことがある。
人は説教では変わらない。
監視でも変わらない。
制度だけでも変わらない。
人を本当に変えるのは、
「失いたくない存在」
なのかもしれない。
家族に見放され、
友人も離れ、
何度も刑務所に入り、
何度も失敗した彼が、
最後に変わった理由は、
愛する人との未来を守りたかったからだった。
もちろん全ての人が同じではない。
しかし私たちは改めて思った。
支援とは、管理することではない。
その人が前を向く理由を一緒に探すことなのだと。
坂下君が教えてくれた大切なことだった。

